「ソーシャルメディア担当が特別な意味を持たなくなる時:Social media editorを廃止するThe New York Times – the Public Returns – 続・広報の視点」を読んで。
違う領域ながら、それに類似することを僕もずっと考えています。アクセス解析の領域を得意とする方々、いわゆる「Webアナリスト」でも「アクセス解析担当者」でも何でもいいのですが、その「Webアナリスト」のポジションだって、同じように遠くない将来なくなってしまうかもしれないということ。
ウェブの領域だろうが「リアル」な領域だろうが、マーケティングの領域に携わっているのであれば、リサーチやデータの分析は少なからず仕事の一部であるべきです。マーケティングもとよりビジネスのプロセスのひとつ。
もちろん、プロセスの中ではオペレーションの部分だけを担当する人もいるでしょう。でも、プランやチェックの際にデータを見ないなんてことはないわけです。
そのときに、たとえば「Webアナリスト」のポジションの人が不可欠、なんて非常にナンセンスなわけです。基本を理解すれば、数字を読み解くという点では何もむずかしいことはありませんし、それほど特殊な分析手法だってありません。
「Webまわりの数字の見方や分析」は特殊な人間の仕事ではない
間接効果のように(最近では「Attribution Management」というキーワードで語られることが多いようですが)、分析手法や評価が業界としても固まっていない領域もありますが、アクセス解析ツールの実装に関わる技術的側面を除けば、「Webまわりの数字の見方や分析」は特殊な人間の仕事ではないはずです。
特に規模の大きな企業になれば、一部の領域が業務になったりします。広報であったり、広告の領域であったり、Webサイトの運営であったり…。それらの業務の根底で、データを分析する部分は統合されていなければいけません。本来なら。
なまじっか聞き慣れない指標があったり、「直帰率」「離脱率」みたく意味を勘違いしやすい指標があったりで、そのあたりの知識にアドバンテージがある人間が、いまは「Webアナリスト」という役割で、データのマーケティングへの活用をリードしている状態なのかもしれません。
僕の名刺上の肩書きが「Webアナリスト」でありながら、そんなことを思っているわけです。
データ分析の仕事はマーケティング領域では全員に関わる仕事
「ソーシャルメディア担当」の仕事が、コミュニケーションの領域では本来は全員に関わる仕事である、というのと同様に、「データ分析担当」の仕事はマーケティング領域では全員に関わる仕事、ではないでしょうか。
「Data Driven なマーケティング」がより浸透してくれば、Webアナリストの役目は特別なものではなく、その視点は当たり前のものになるのだと思います。
まあそのときに、僕が自分を何と名乗っているか、なんですがね(続く)。
※ちなみに、僕はプロフィール欄では「Webアナリスト」を肩書きとして名乗りながらも、『「分析屋」ではなく、根拠を元にWebサイトの改善のご提案をする人」です』と言い訳がましく書いていたりします。つまるところ、その役割をひとことで表すと、「Webコンサルタント」だったり「Webマーケティングなんたら」になったりで余計に怪しくなるので、「Web解析を軸としています」とラベルを貼らざるを得ない、というのがいまのステイタスです。
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