乾いたタオルを絞るように書いた14年間のコラムから選ぶ、15の文章

セミナー編成委員会としてアナリティクス アソシエーションの活動に携わっているのですが(それはこれからも続くのですが)、アナリティクス アソシエーションでの「執筆陣によるローテーションでのコラム執筆」を終えました。

振り返れば14年間も担当していました。執筆したコラムは165件。お読みいただきありがとうございました。

ということで「乾いたタオルを絞るように書いたコラムから選ぶ、15の文章」と題して、書いたコラムの中から印象に残っているものやメッセージとして変わらないものをピックアップしました。

新しいものから過去のものへと遡っていきます。

ベストプラクティスは標準化されると劣化する

施策でも手法でもちょっとしたティップスでも、ベストプラクティスは形成されるものです。しかしいずれそのオルタナティブが生まれ、カウンターが生まれ、環境は変わり、王道は王道として存在すれどもアップデートを求められるようになります。ベストプラクティスはアップデートを伴う運用とセットです。

ベストプラクティスは標準化されると劣化する

2023年2月1日。ベストプラクティスはアップデートを伴う運用とセット。

計測できるものだけで都合良く評価していないか?

「デジタルだから計測しやすい」は、裏を返せば「単に計測しやすいもの、計測できるものを具体化しただけ」とも言えます。それらを過度に強調したり都合良く解釈したりしてはいけません。

手っ取り早く計測できたものだけで全貌を把握したと誤解し、結果を単純化して不確定要素を剥ぎ取り、不用意に強調した上澄みで一見もっともらしい評価を下すといった過ちは、今後減らさなければいけません。

計測できるものだけで都合良く評価していないか?

2021年10月13日。僕の中では重要なテーマ。常に思い出したいです。

型はあるがお手本はない、みな事情が異なるのだ

パラリンピックの閉会式を見ていたとき、実況を務めるアナウンサーが話していた内容が印象に残りました。正確ではありませんが、このような趣旨だったと思います。

「選手たちはみな障がいのレベルが異なる。だから、お手本がない中で切磋琢磨して上を目指さなければいけない」

型はあるかもしれない、しかしお手本がない。みな事情が異なるけれども、それでもみな学んで取り組むのだ。

型はあるがお手本はない、みな事情が異なるのだ

2021年9月15日。パラリンピックの閉会式を見ていてハッとしたフレーズ。

今日を境に過去から未来への非連続を作る

そこに宮坂様は「グラフの今を右側にせず、次の5年分も作る」と加えています。予測しなさい、あるいは未来の空白を設けて想像しなさい、ということでしょうか。何もしなければどのような状態になり、何か手を打てばどう変化するのか、では期待する未来にするためにはどうすればよいか…。それが「今日と未来に非連続を作ることが仕事」という表現だと解釈しました。

今日を境に過去から未来への非連続を作る

2021年8月18日。東京都副知事の宮坂様のツイートにいたく感銘を受けて。

改善にゲーム的な楽しみを感じ始めたら立ち止まろう

数字を追いながら何か状況の改善を進めているとき、ゲーム的な楽しみを感じ始めたら立ち止まった方が良いです。数字の向こう側にいるユーザーへの意識がおざなりでいい加減になっているときかもしれません。

改善にゲーム的な楽しみを感じ始めたら立ち止まろう

2021年4月14日。数字の向こう側にはユーザーがいます。

必ずしもMECEでなくてよい

母集団の中には、価値としては微少なゴミのようなデータ、というと少し失礼ですが、信頼性を判断しにくいデータや匿名性の高いデータ、特徴が非常に弱いデータが含まれていることがあります。その際、必ずしも「モレなくダブりなく」きれいに分類する必要はないだろう、というものです。むしろそのような母集団の中で、重要と判断したグループや少数を定義し、適切に分類する方が重要です。

必ずしもMECEでなくてよい

2021年3月24日。対象や集団全体そのものが重要ならMECEで良いのですが、そうじゃないものまでそうしなくていいと思うんですよね。

Planの重要度は下がったかも知れない。でもDefineはしておこうか

何かの施策の実行や業務管理のプロセスにおいて、Plan(計画)は重要な工程の一つです。一方で、Planの重要度は下がり始めているかもしれません。変数が増えて少し先の未来も不確実になりつつあったり、また機械学習を前提としたシステムを利用する機会も出てきました。そうすると、スピード感に欠けたりPlanが足かせになったり、柔軟な思考を阻害したりします。OODAループのように、現場の情報収集と状況判断を起点にプロセスを進めるべきケースもあります。

しかし、Define(定義)はしておくべきです。

Planの重要度は下がったかも知れない。でもDefineはしておこうか

2020年2月26日。とりあえずDefineだけでもしようぜ。

曖昧なものは曖昧なままでもいいんじゃないですかね

重要なことがすべて計測できるわけでもありません。「重要だが計測しにくい/数値化しにくいもの」と「計測できるがあまり重要でないもの」があったとしても、KPI運用が始まると「計測できるがあまり重要でないもの」の方に重きが置かれがちです。人はわかりやすいものに目を向けがちですから。そしてそのうち「重要だが計測できず数値化しにくいもの」は忘れられてしまいます。それを拾っておきたい。定期的に机上に上げるようにしたい。

曖昧なものは曖昧なままでもいいんじゃないですかね

2019年8月28日。好きなコラム。先ほど挙げた「計測できるものだけで都合良く評価していないか?」に通じるテーマ。

A/Bテストの多くは刹那的なものだということに気づくべきだ

「A/Bテストを重ねていけば、結果として数字はずっと良くなっていることになる」という謎理論は誰が言い始めたのでしょう。

A/Bテストの多くは刹那的なものだということに気づくべきだ

2018年12月5日。ちょっと強すぎるメッセージ。もう少しマイルドに書けばよかったと思っています。

「ではおまえはダッシュボードで人を動かせられるのか」と問う

週末、テレビの西日本豪雨のニュースで、日本地図の上に3D表現の棒グラフが載った24時間の降水量を示す表現が目に留まりました。

普段でも降水量を示す表現として使われていますが、緊急を要する災害時ということもあって、引っかかるところがありました。

・一瞥で情報が伝わるか
・正確性はどうか
・アクションを誘発するか

そのときの私の心に余裕がなかったのでしょう、ちょっとカッとなって「この表現って適切ではないのでは?」と思ったのですが、その後しばらくして我に返ります。

「じゃあおまえはこれより適切な表現で人を動かせられるのか」と。

「ではおまえはダッシュボードで人を動かせられるのか」と問う

2018年7月11日。執筆したすべてのコラムの中で一番印象に残っています。たぶん一生忘れられません。分析してアクションをお願いする立場として、これからもずっと抱えていくだろうテーマの一つ。

KPI設計はゴールの因数分解だけでなく、いかに「重要な集団」を発見できるか

私は大学生のとき、金沢の郷土料理を扱う居酒屋で調理のアルバイトをしていました。板長には、たわいない話を含めてお世話になったのですが、その日の売上状況や最近の繁盛具合を、板長はメニューの中の「刺身盛り合わせ」の注文数で感じ取っていました。「今日は刺身盛りがよう出てるから、売上大台に乗ったんちゃうか」「ここ最近、刺身盛りの出がいまひとつで、あかんなあ」という感じです。

金沢の郷土料理のお店ですので、実は「刺身盛り合わせ」はオススメの定番メニューではありません。郷土色のあるメニューは他に数多くある中で、「刺身盛り合わせ」はよくある標準的でオーソドックスすぎるメニューでした。とはいえ、安定して一定数の注文をいただく「陰の主役」的存在だったのでしょう。板長は、経験から「刺身盛り合わせ」が鍵を握ると発見し、仕込みや発注への反映だけではなく、繁盛具合や景気を見ていたのだと思います。

このような、企業やサービス特有の「重要な集団」「パラメータ」をいかに見つけるかは、なかなかむずかしいものです。しかし、その発見が、KPI設計やその運用の鍵を握るとも感じます。

KPI設計はゴールの因数分解だけでなく、いかに「重要な集団」を発見できるか

2018年6月13日。僕らしい文章ですね。

メディアサイトの評価は、やはり「接触時間」がキーになるだろう

1日24時間、1か月約720時間という限られた時間は、皆等しく平等です。その中で、ユーザーとどれだけ触れる機会があったのか、思い出してくれたのか、アクションなどからどれだけ支持されているかなどを推し量ることは、「時間」をキーのひとつにして、かなり可能になってきたのではないでしょうか。

メディアサイトの評価は、やはり「接触時間」がキーになるだろう

2015年4月22日。人に与えられた「1日24時間」は皆等しく平等。なので「接触時間」「滞在時間」は今後も鍵を握るはず。と言って8年経ちましたが、あまり状況は変わっていないかもしれません。

ウェブサイトが「母艦」でなくなりつつある時代に

ウェブサイトはチャネルの一つに過ぎなくなり、カジュアルな情報接触が増えたいま、そのカジュアルな接触が積み重ねる「関係性の構築」の包括的な把握にもっと意識を向けよう、というお話です。

ウェブサイトが「母艦」でなくなりつつある時代に

2014年12月3日。「関係性の構築」の話。同じ年の4月にも「「関係性の構築」という少し先の課題」を書いています。

「顧客との関係性の構築」をどう評価するか

BtoCやBtoBに限らず、顧客獲得や受注や購入をひとつの成果(コンバージョン)としてとらえる多くのビジネスにとって、重要なのはコンバージョンだというのは一つそうなのですが、「顧客との関係性をどう構築していくか」という過程が、より一層重要な要素になっていると感じます。

単発の施策や広告で、すぐに積極的な購入動機が生まれたり良好な関係性が生まれるものではなくなったというのもあります。可処分時間の奪い合いの時代になり、顧客層が複数のデバイス、場面、接点を経るようにもなってきました。顧客層の興味も多様化し、セグメントしにくくなったという要素もあります。

アナリティクスの視点からは、その関係性の改善や次の施策の糸口を得るために、「関係性の構築」をどう評価し分析するかが、今後ますます求められてくるはずです。

「顧客との関係性の構築」をどう評価するか

2014年1月21日。これも「関係性の構築」の話。これから10年経ってまたこのテーマに向き合っているのに、「お前はまだその辺を歩いているのかよ」と10年前の自分に怒られている感じです。

仮説を責めるな

仮説は疑え。そして捨てよ。
仮説を選択したのなら、アクションを起こせ。
仮説に対して何もアクションを起こさないことを責めよ。
仮説に対してアクションを誤ったのなら、次はアクションを改めよ。
仮説も視点を変え、精度を高めよ。

仮説は疑え。仮説を誤りだと判断したら、捨てよ。

仮説を責めるな。

仮説を責めるな

2013年2月19日。ときどき繰り出すイレギュラーな文体。いま読むとすごいですねこの文章。

おまけ:「特定されたくないコミュニケーション」を尊重し、緩やかに向き合うこと

計測やCookieといった「特定」からの解放を尊重しつつ、デジタルな囲いから離れてもなお彼ら/彼女らはブランドの声を聞こうとするし、自分たちの文脈で反応もする。ダークソーシャルの中のコミュニケーションなのでその様子はわからない。でも、結果としてふんわりとした不思議なターゲティングは機能している。

そんなデジタルな世界が、これまでのオルタナティブとして存在してもいいですよね。オルタナティブというか、数あるいくつものバリエーションの一つというか。

あれ?なんか大事なことを喋った気もするんですけれど、このスペースの音声って保存できるんでしたっけ?

「特定されたくないコミュニケーション」を尊重し、緩やかに向き合うこと

2022年6月15日。おまけです。「Twitterスペースで話しているような雰囲気の文体」です。これは書いていてすごく楽しい記事でした。こんな自由度の高い文章でも許容してくれたいい場所でした

最後に

声を掛けていただいたのが2010年。最初は意気揚々と書いていたものの、そのうちテーマが枯渇し、自社ブログに書くつもりのテーマも差し出し、途中からまさに乾いたタオルを絞るように書いていました。

その中でも「自分にしか書けない文章というのはあるのかな?」と模索していたように思います。ほとんどのコラムは検索エンジンを意識せずに書いていました。

書く場所を与えていただいた大内さん、衣袋さん、本当にありがとうございました。