最近グッときたブログエントリー記事。「グッときた」という表現が適切かはわからないけど、「2009年に印象に残ったブログエントリー記事」にはたぶん入ります。
このブログにたまに書くマジメな内容も、ぼくの意見や感想は書いてあっても正解は書いてません。だってわかんないから。
そりゃわかんないよ。開き直ると思われようが、正解なんてぼくにはわからない。ただ、いつもその時々の状況にあわせて正解らしきものを探っている。そのプロセスも含め、可能な限り書いているつもり。
僕も、本はできるだけ読んでいるし(読むのは遅いんだけど)、ニュースにもいろんな人のブログにも触れようとしていますが、そこに答えを求めているのではなくて、僕がそのとき出そうとしている正解らしきものに近づくためのヒントを探している、というのがニュアンスとしては一番近いです。たぶん。河野さんの言葉を借りていますが。
インターネットでは、どちらかといえば短いメッセージが多いです。モバイルのヤフーニュースなんて、記事の内容は100文字に満たないものが多いような印象です。社長クラスの人間なら結論だけでもいいのかもしれませんが、普通の人なら100文字で本質や過程まではわからない。一方で、探したいことがあれば検索すると答えらしきものが見つかりますし、「とりあえずWikipedia」でも一応それっぽいことが書かれています。
それに慣れてくると、考えることをしなくなる人も出てくるでしょうね。長い文章を読むのは面倒くさいですし、ちゃちゃっと検索すれば、答えらしきものが載っていますし。楽ですし。
でも、僕はそれらは材料にしかすぎなくて、それらを自分で整理して、自分で正解らしきものを考えないと、と思うのです。モノの裏側や過程を想像したりして。
で、その時点でのアウトプットがこのブログですね。僕の考える正解らしきものに探る過程を吐き出している。なので、僕のブログにも「正解」は書かれていません。
というのを河野さんのエントリーを読んで感じました。ほぼ同意です。
このブログのいうことを鵜呑みにしてはいけない | Lifehacking.jp
Seth’s Blog: You’re nuts if you believe me
セス・ゴーディンですら、「俺なんか信じるなよ」と言ってます。
いわゆる「ライフハック」だってそうですよね。本やブログなどに書かれていることを全部やっていたら人生幸せかどうかはまた別の話。自分で実行して納得して自分なりのやり方にアレンジし直して、やっとその人のものになる、というような感じ。
と、ここまでいろいろ考えながらあえて整理せずに書いてみました。ぺこり。このブログエントリーにも正解はありません。
まだ8ヶ月も残ってるので油断は禁物ですが、「2009年に印象に残ったブログエントリー記事」にノミネートしていただきありがとうございますw
なんていうかネットに触れて賢くなった人がいる一方で、アホになった人もいるなあと感じてます。ぼくがどっちかはさておき。
「2009年に印象に残ったブログエントリー記事」の大賞を狙うには、選考委員長に何か贈り物をするといいらしいですよ。
僕もアホにならないように脳味噌元気にしておきます。
いつも楽しく読ませていただいております。初めてコメントいたします。
>それに慣れてくると、考えることをしなくなる人も出てくる
検索エンジンにかかわる仕事をするようになって、Webにどっぷり浸かるようになって強く感じることで、とても共感します。
Webで情報収集が簡単になって、楽であるが故にWebに依存してしまう嫌いがあるように思います。便利になった分甘えが出て退化していくというか。
私もOUTPUTの場としてBlogを始めましたが、できる限り自ら考え、自分の意見を言えるようにしていきたいと思います。
Webは情報収集は簡単なんですね。でもそれを全部「正」「答え」として受け止めるのじゃなくて、みんなもっと考えましょうよ、答えを待ってるだけじゃ成長しないですから、と思います。
僕も退化しないように生きていたいです。