フジテレビ「人志松本の〇〇な話」を見ていると、人と違った角度でモノを見ることのおもしろさや大切さに気づかされる

タイトルの通りなのですが、フジテレビ「人志松本の〇〇な話」を見ていると、人と違った角度でモノを見ることのおもしろさや大切さに改めて気づかされます。「ああそういえばそうね」とか「へえ、そういう風に松本さんは感じてるんや」とか、自分では気がついていなかったり感じていないことを「知る」ことができる、という素晴らしさ。

たとえば先週(4月21日)のバカリズムの「ドレミの歌」の話。「ドはドーナツの」の最後の「ド」は実際は「ミ」の音なのでおかしい、「レはレモンの」の最後の「レ」も、それ以降も、全部おかしい、という話にはもう、なんで僕もいままで気がつかなかったんだろうというぐらいの気づきがありました。今週(4月28日)の千原ジュニアの「豚の名前」でも、「東京X、かっこよすぎるやんけ」にも、うーん、たしかにすごくかっこいい、と脊髄反射的に同意。

人それぞれいろんなモノの見方を持っていて、突拍子もないモノがあったり苦笑ものやボケがあったりはするけれども、僕の固定観念をほぐしてくれたり、アイデアをくれたりする番組、のような気がします。相方さんが積極的にハードディスクレコーダーに録ってくれているので、しばらくチェックすることにします。

モノを考える立場の人(えーっと、「モノを考えない」人はいないんだけど)は、見た方がいいと僕は思います。とか書いたら言い過ぎか。

人志松本の〇〇な話 – フジテレビ

余談。「○○」という記号は検索エンジン的には結構無視されたりするので、情報探しにくいし、逆に言えば辿り着いてもらいにくいです。検索してほしいものであれば、固有名称として入れない方がいまはなんとなく無難のような気もします。ここでは「〇〇」としてみたけど、どうだろう?