Kloutスコア?自慢するには意味ないよ。目安にはなるかもしれないけど

Klout スコアって、「僕ってすごいんですよ」と自慢するには意味ないですよ。ざっくりとした何かの目安ぐらいにはなるかもしれないでしょうけれど。

ほら、TOEICが700点以上あっても、英語が全然しゃべれない人っているじゃないですか。makitani.com の中の人みたいに。

Klout スコアが高いからといって、影響力が高そうに見えるものの、「人」として本当にそうなのかはまた別問題です。数値が質を担保していません。

Kloutスコアって、何?

一般的にはご存じない人の方が圧倒的に多いはずですが、Klout は自らを、「オンライン上のその人の影響力を測るツール」と紹介しています。「Klout スコア」は、そこで用いられる1から100までの数値です。Twitter、Facebook、Google+、LinkedInなどの各種サービスの各指標を使って独自に算出しているようです。

これを知らない人に対して、「Klout スコアっていうのがあってですね」「僕○○点あるんですけど、芸能人の誰某よりも高い数字なんですよねー」というのは、怪しげな「影響力」とやらを誇示するのには格好の餌じゃないですか。自慢するには意味ないですよ。

Kloutスコアって、重要?

目安にはなるかもしれませんが、「ふーん」程度でよいです。

いろんな数字をKlout社が独自のロジックで掛け合わせて数値化しているので、日本でも見られる「ほにゃらら企業サイトブランドランキング(独自調査)」「ほにゃらら使いやすい企業サイトランキング(独自調査)」とニュアンスは近いものと捉えてよいと思います。「独自調査」の企業を信用しているのなら、使えばいいんじゃないですかという程度で、それ以上の普遍化した価値はありません。

Kloutスコアって、上げることができるの?

「独自ロジック」なので裏側はわかりませんが、連携しているという各種サービスを手当たり次第Kloutと連携させて、手当たり次第につぶやいたりエントリー投げたり自動ポスト投げたりキャッキャワイワイとアクティビティを無駄に消費すると、もしかしたら上がるかもしれません。

つぶやきって、自身のステータスを上げるようなものでしたっけ?

マーケティングに活用され始めているらしいけれど

海外では「Kloutスコアが○○点以上の人しか招待しないイベント(セミナー、お店など)」という形でのマーケティング活用がされているようです。日本でもそのような取り組みをしているところがあるのかはしりませんが、まあ不評を買うこともあるでしょうね。

アゲイン、つぶやきって、自身のステータスを上げるようなものでしたっけ?

「Kloutスコアが○○点」というライン引きは、たとえば声を掛けたい人が閾値を大幅に超えていてどうしようもない場合の、線引き基準の候補のひとつにはなるかもしれません。ただ、それでも優先すべきは、フォロワーだったりそれまでにコミュニケーションを取った人であるべきで、残った「その他大勢」をそういう振り分けに使うというのはありかもしれません。いい印象は与えないので避けた方がいいと思いますけれども。

「この人、Kloutスコア低いから、問い合わせ(質問、クレーム)来てるけど、後回しでいいよ」というのはやってはいけないです。

本当にオンラインでの影響力がわかるの?

繰り返しますと、数値が質を担保していません。「目安にはなるかもしれない」程度です。

なんとなく、身の回りの「影響力がありそうな人たち」と僕を比較してみました。参考までにキャプチャ画像を載せてみます。もしかしたら読者の中にはそれぞれを知らない人も多いでしょうけれども、ほらおかしいですよね。

この方々が「オンラインで僕より影響力が小さい」のもおかしいですし、「僕より何かのクオリティが小さい」というのもおかしいです。ちゃんちゃらおかしい。僕は「30」ぐらいでいいです。いやむしろどうでもいいです。

Kloutスコアの高い人は、その周辺の人やお客さんやクライアントに対するメリットにどんな影響を及ぼすのでしょうか。もしかしたら「ただうるさくてめんどくさい人」かもしれませんし、「専門外の領域にもっともらしい適当なことを言っている人」かもしれません。

数値が質を担保していません。

で?

Kloutスコアが50の人が80になったら「Kloutは私のことを評価した!」とドヤ顔し、80から50に減ったら「Kloutスコアのロジックは不安定になっている」と言い始め、そのうち「意図的に数値を上げる人が出始めたから、Kloutはもう使えない」と言うのでしょうか。
ということで、Klout スコアって、「僕ってすごいんですよ」と自慢するには意味ないですよ。ざっくりとした目安ぐらいにはなるかもしれないでしょうけれど。